小学校での死生観教育の「効果」をどう捉えるか ~子どもたちの変化に気づく評価と振り返りの視点~
なぜ小学校での死生観教育に「評価」と「振り返り」の視点が必要なのか
小学校において、子どもたちの健やかな成長を支える上で、死生観教育の重要性はますます認識されています。命の尊さや、生きていることの意味について考える機会を設けることは、子どもたちが自分自身や他者を大切にし、豊かな人間関係を築いていく上で不可欠です。
一方で、死生観教育は、知識の習得を測るような従来の評価になじみにくい側面があります。子どもたちの内面的な変化や気づきは、数値や明確な形で表れにくいため、「教育活動としての効果をどう捉えれば良いのか」「実践したことで子どもたちはどのように変化したのか」といった疑問や難しさを感じている先生方もいらっしゃるかもしれません。
この記事では、小学校での死生観教育をより意味のあるものとし、今後の実践に活かしていくために、子どもたちの内面的な変化に気づくための評価と振り返りの視点について、専門的な知見に基づいて掘り下げていきます。これは、子どもたちの死生観が「完成」したかを測るものではなく、教育活動を通じて子どもたちの心にどのような変化が生まれ、それをどう受け止め、次の教育に繋げていくかというプロセスを大切にするためのものです。
死生観教育における「評価」とは何か
死生観教育における評価は、単なる学力評価とは性質が異なります。目指すのは、子どもたちが生命や死、そして生きることについて、自分自身の頭で考え、感じ、向き合おうとするプロセスそのものや、そこから生まれる態度、行動の変化、他者への共感性の深まりなどを丁寧に捉えることです。
これは、以下のような視点を含むものです。
- 子どもたちの素朴な疑問や関心: どのような問いをもち、何に興味を示しているか。
- 感じ方や考え方の変化: 特定のテーマや体験を通じて、物の見方や感じ方にどのような変化が見られるか。
- 他者との関わり: 友達や生き物など、他者への共感や思いやりの心がどう育まれているか。
- 自己肯定感や未来への希望: 命の有限性を知ることで、今を大切に生きようとする意識や、未来への肯定的な見通しにどのような影響があるか。
- 困難への向き合い方: 死別などの喪失体験や、困難な状況に対して、どのように向き合おうとしているか。
これらの変化は、必ずしも目に見える大きな形で現れるわけではありません。日々の教室でのやり取りや、子どもたちのふとした言動の中に表れる小さなサインを見逃さないことが重要になります。
子どもたちの変化に気づく具体的な評価・振り返りの視点と方法
では、具体的にどのように子どもたちの変化を捉え、教育活動を振り返れば良いのでしょうか。以下にいくつかの視点と方法を提案します。
1. 日々の観察と記録
最も基本的なアプローチは、日々の授業や活動の中での子どもたちの様子を丁寧に観察し、記録することです。
- 発言や問いかけ: 授業中や話し合いの場で、子どもたちが「死」や「命」についてどのような発言をするか、どのような疑問を抱くか。以前と比べて変化は見られるか。
- 表情や態度: 真剣に話を聞いているか、何かを考えている様子か、不安そうな表情を見せているかなど。
- 行動: 生き物や植物に対する接し方、友達との関わりの中で見せる優しさや共感の態度、物を大切にする姿勢など。
これらの観察は、特定の活動時だけでなく、日常の様々な場面で行うことが重要です。簡単なメモや、特定のテーマについて気づいた点を学級日誌などに記録しておくことが有効です。
2. 作品や表現活動を通じた振り返り
絵や作文、詩、歌、劇などの表現活動は、子どもたちの内面が比較的自由に表れやすい媒体です。
- 作文・詩・日記: 「命」や「死」、「別れ」などをテーマにした作文や詩、自由記述の日記の中に、子どもたちの感じ方や考え方が現れることがあります。
- 絵や造形: 生命、自然、家族、別れといったテーマで描かれた絵や作ったものから、子どもたちのイメージや感情を読み取る手がかりが得られます。
- グループ活動での発表: 話し合いの過程や、発表内容から、子どもたちがテーマについてどのように考え、共有しようとしているかが分かります。
これらの作品を単に評価するのではなく、子どもたちが何を表現しようとしたのか、その背景にどのような思いがあるのかに寄り添う視点を持つことが大切です。作品を保管しておき、学期末や年度末に子ども自身が振り返る機会を設けることも、自己成長を促す上で有効です。
3. 子どもたちとの対話
教師と子どもたちの直接的な対話は、内面的な変化を捉える上で非常に重要です。
- 個別対話: 授業の感想を聞いたり、特定の活動について掘り下げて話を聞いたりすることで、普段見えない思いや気づきを知ることができます。
- 対話的な授業: 少人数でのグループワークや、クラス全体での対話を通じて、子どもたちが互いの考えに触れ、自分の考えを深めていくプロセスを見守ります。
- 子どもからの質問への応答: 子どもからの予期せぬ質問は、その子の関心や不安を知る貴重な機会です。丁寧に耳を傾け、対話を通じて一緒に考える姿勢を示すことが重要です。
対話の際には、「〜について、どう感じた?」「〜について、どんなことを考えた?」のように、子ども自身の内面に問いかけるような言葉かけを心がけましょう。
4. 保護者との連携
保護者は、学校では見せない子どもたちの様子を知る存在です。積極的に連携を取り、情報交換を行うことで、多角的な視点から子どもたちの変化を捉えることができます。
- 保護者懇談会や個人面談: 学校での死生観教育に関する取り組みについて説明するとともに、家庭での子どもの様子や、何か変化があったかなどを丁寧に尋ねてみます。
- 連絡帳や学校便り: 死生観教育に関する活動内容や、子どもたちに期待する変化などについて伝え、家庭での関心を促します。
- アンケート: 活動の前後で、子どもたちの「命」や「生き物」に対する関心、家族への感謝の気持ちなどについて、保護者に簡単なアンケートをお願いすることも考えられます。
評価結果をどう活用し、実践に活かすか
得られた情報や観察結果は、単に記録しておくだけでなく、その後の教育活動に活かすことが重要です。
- 個に応じた支援: 特定の子どもが死に対して強い不安を抱いている、あるいは特定の喪失体験を抱えているといった気づきがあれば、その子に寄り添った個別的な声かけやサポートを行います。
- クラス全体の学びの調整: 子どもたちの全体的な関心や理解度に応じて、次の授業内容を調整したり、さらに掘り下げるテーマを設定したりします。
- 指導計画の見直し: どのようなアプローチが子どもたちの心に響いたか、どのような活動が有効だったかなどを振り返り、来年度以降の指導計画やカリキュラムの改善に繋げます。
- 教職員間の共有: クラスや学年を超えて子どもたちの様子や実践から得られた気づきを共有することで、学校全体の死生観教育の質を高めることができます。
教師自身の振り返りの重要性
死生観教育の評価・振り返りは、子どもたちだけでなく、教師自身にとっても学びの機会となります。
活動を通して子どもたちの反応から得た気づき、子どもたちからの予期せぬ問いかけに向き合った経験、自身の死生観が揺さぶられた瞬間など、様々な経験を振り返ることは、教師自身の専門性の向上に繋がります。どのような言葉かけが響いたか、どのような活動が効果的だったか、逆に難しさを感じた点は何かなどを記録し、同僚と共有することも、より良い実践を目指す上で不可欠です。
まとめ
小学校での死生観教育における評価は、子どもたちの内面的な成長プロセスを丁寧に見守り、教育活動を改善していくための重要な営みです。これは、知識の定着を測るものではなく、子どもたちが生命や生きることについて、自分自身の感性で考え、感じ、向き合おうとする「心の動き」や「態度の変化」を捉えようとする試みです。
日々の観察、作品や表現活動、子どもたちとの対話、そして保護者との連携といった多様な視点と方法を組み合わせることで、子どもたちの小さな変化に気づくことができます。そして、その気づきを教師自身の振り返りや、今後の指導計画の見直しに繋げることで、小学校での死生観教育はより豊かで、子どもたちの心に深く響くものとなるでしょう。継続的な関わりと丁寧な振り返りを通じて、子どもたちと共に「生きる」ことの意味を問い続ける教育を実践していくことが期待されます。