子どもの死生観を育む

日常の活動から育む小学校の死生観 ~「死」という言葉を使わないアプローチ~

Tags: 死生観教育, 小学校, 言葉かけ, 日常活動, アプローチ

なぜ「死」という言葉を使わないアプローチが必要な場合があるのか

小学校において、子どもの死生観を育むことは重要な教育課題の一つです。しかし、「死」という言葉そのものが、子どもにとって抽象的であったり、強い恐怖や不安を伴ったりする場合があります。また、教職員自身も、どのようにこのデリケートなテーマを扱えば良いか、言葉選びに迷うこともあるかもしれません。

特に小学校低学年の子どもたちは、死を不可逆的なものとして理解することが難しく、アニメやゲームのように「生き返る」といったイメージを持つことがあります。こうした発達段階にある子どもたちに対し、必ずしも最初から「死」という言葉を正面から使うのではなく、日常の活動の中に死生観に通じるテーマを自然に織り交ぜていくアプローチが有効となる場合があります。

このアプローチは、子どもたちが安心して生命や時間の流れ、大切なものとの別れ、そして生きることの意味について考えるきっかけを提供することを目的としています。「死」という言葉への心理的なハードルを下げつつ、生について深く見つめる視点を育むことができるのです。

「死」を使わずに死生観に通じるテーマとは

「死」という言葉を使わないからといって、死生観教育の機会が失われるわけではありません。むしろ、より広い視野で生命や存在について考える機会を設けることができます。死生観に通じる主なテーマとしては、以下のようなものが挙げられます。

これらのテーマは、小学校の教育活動の様々な場面に自然に存在しています。教職員は、これらの日常的な出来事や学習活動の中に潜む死生観的な要素に気づき、子どもたちがそれについて感じたり考えたりする機会を意図的に設けることが重要です。

日常の活動から育む具体的なアプローチ例

「死」という言葉を使わずに、上記のテーマを扱う具体的な活動例をいくつかご紹介します。

1. 植物の栽培・観察

アサガオやヘチマ、稲などの栽培は、子どもの死生観を育む非常に良い機会です。 * 種の生命力: 小さな種から芽が出る驚き。 * 成長の過程: 日々変化する姿を観察し、生命の力強さを感じる。 * 枯れること: 葉が黄色くなり、やがて枯れる姿を見て、「終わり」や「変化」を受け止める。しかし、そこから次の種ができる過程を見ることで、「つながり」や「循環」も学ぶ。 * 水やりやお世話: 生き物が成長するために必要なこと、自分たちが命を支えている実感を持つ。

この際、「枯れてしまったね。でも、また新しい種ができたよ」「この葉っぱはもうおしまいだけど、栄養になって土に返っていくんだね」といった声かけをすることで、単なる観察にとどまらず、生命の終わりや循環について自然に考えることができます。

2. 生き物の飼育

ウサギやモルモット、メダカなどの飼育も、命の尊さや世話することの意味を学ぶ絶好の機会です。 * 誕生と成長: 新しい命の誕生を喜び、成長を見守る。 * お世話: 毎日の餌やりや掃除を通して、命を維持するために必要な手間や責任を学ぶ。「お腹が空いたかな?」「気持ちよく過ごせるように綺麗にしてあげようね」など、生き物の気持ちに寄り添う言葉かけをする。 * 病気や死: 生き物が病気になったり、死を迎えることは辛い経験ですが、避けられない現実でもあります。このような時には、「この子にとって何が一番良いかな」「今までありがとうの気持ちを伝えようね」など、生き物への感謝や思いやり、そして別れを受け止めるプロセスに焦点を当てて寄り添います。「死」という言葉を直接使わずに、「お空に帰ったね」「お別れのときが来たね」といった表現を使うことも一つの方法です。そして、子どもたちが悲しみや寂しさを感じている感情を否定せず、「寂しいね」「ありがとうって伝えたいね」と感情に寄り添うことが最も重要です。

3. 季節や自然の変化の観察

身近な自然の変化は、「移り変わり」や「終わりと始まり」という死生観に通じるテーマを学ぶ機会です。 * 春の芽吹き、夏の緑、秋の紅葉、冬の枯れ野など、季節の移り変わりを肌で感じる。 * 「桜の花は綺麗だけど、すぐに散ってしまうね。だからこそ、咲いている間を大切にしたいね」といった声かけで、限りあるものの尊さに触れる。 * 落ち葉や枯れ枝を集めて制作活動をするなど、終わったものから新しい価値を見出す活動も考えられます。

4. 物の大切さを考える活動

「もったいない」の精神や、物を大切に使うことは、資源の有限性や、一つ一つの物に込められた思いに気づくことにつながります。 * 壊れたものを修理して使う。 * リサイクルやアップサイクル活動。 * 昔から使われている道具の歴史や、それを作った人の思いについて学ぶ。 * 「この机は、君たちが生まれる前からずっと学校で使われているんだよ。たくさんの人が大切に使ってきたから、今も使えるんだね」といった声かけで、物のいのちや、人から人へと受け継がれていく思いに触れる。

5. 感謝の気持ちを育む

食事の前後の「いただきます」「ごちそうさまでした」は、食べ物となるいのちや、食べ物を作ってくれた人への感謝を表す大切な習慣です。 * 給食の食材がどこから来て、どのように育てられたのかを知る学習。 * 生産者の方々への感謝の手紙を書く。 * 食べ残しを減らす工夫をする。「食べられることに感謝しようね」といった声かけは、単に食べ物を粗末にしないというだけでなく、いのちをいただいていることへの意識を高めます。

6. 昔話や物語の活用

物語の中には、別れや困難、命の尊さといったテーマが描かれているものが多くあります。 * 登場人物の経験を通して、様々な感情や状況を疑似体験する。 * 物語の結末について話し合い、「終わり」の意味や、そこから何を学ぶかを考える。 * 例えば、『おおきなかぶ』のように、皆で協力することの大切さや、抜けた後の土がどうなるかなどを考えることも、「つながり」や「循環」の視点につながります。

子どもたちの反応の見取り方と「死」という言葉が出てきた場合の対応

このような活動を通して、子どもたちが生命や変化、終わりについてどのように感じ、考えているのかを丁寧に観察することが大切です。子どもたちの発言や表情、行動から、彼らの内面的な問いや気づきを汲み取ります。

もし、子ども自身から「これ、死んじゃったの?」「〇〇は死んだらどうなるの?」のように「死」という言葉が出てきた場合は、それを否定したり、話題をそらしたりせず、子どもの問いとして一度受け止めることが重要です。その上で、その子の発達段階や、どのような文脈でその言葉が出てきたのかを踏まえ、「どう思う?」「〇〇さんは、〇〇だって言っていたね」など、すぐに答えを与えるのではなく、一緒に考える姿勢を示したり、他の子の意見も聞きながら多様な考え方があることを伝えたりする方が良い場合もあります。

必要に応じて、「悲しい気持ちになるね」「大切にしていたから寂しいね」など、感情に寄り添う言葉をかけます。そして、改めて「いのち」が時間と共に変化していくものであることや、だからこそ今を大切にしたいというメッセージを伝える機会と捉えることもできます。

まとめ

「死」という言葉を直接使わないアプローチは、特に低学年や、死という言葉に強い抵抗がある子どもたちにとって、死生観教育の入口として有効な方法です。日々の学習活動や生活の中に存在する「変化」「終わり」「始まり」「いのちのつながり」「感謝」といったテーマに光を当て、子どもたちが自然な形で生命や自分自身の存在について考えを深められるようサポートします。

このアプローチの鍵は、教職員自身がこれらの日常の中に死生観に通じるテーマが存在することに気づき、子どもたちの小さな問いや気づきを見逃さずに丁寧に拾い上げることです。そして、もし子どもたちから「死」という言葉が出てきた時には、その問いを受け止め、子どもたちの感情に寄り添いながら、共に考え学ぶ姿勢を示すことが大切です。このような積み重ねが、子どもたちの豊かな死生観を育む土台となります。