日常の「終わり」に触れる死生観教育:物の寿命や季節の変化から「有限性」を学ぶヒント
日常の「終わり」に触れることが死生観教育に繋がる理由
子どもの死生観を育むというと、直接的に「死」という重いテーマについて話し合うことを想像されるかもしれません。しかし、死生観は「生」と「死」という対極にあるものを捉えるだけでなく、その間にある「変化」「移ろい」「有限性」といった多様な要素を含んでいます。小学校教育の現場では、子どもたちが日々の生活の中で経験する様々な「終わり」や「変化」に触れることが、死生観を育む大切な機会となり得ます。
なぜ「有限性」の理解が重要なのか
「有限性」とは、物事には限りがあること、いつか終わりが来るという概念です。これは、生命の終わりとしての「死」を理解する上で非常に重要な視点となります。子どもたちは、身の回りの様々な出来事を通して、自然とこの「有限性」に触れています。例えば、使い切った鉛筆、枯れていく花、季節の移り変わりなどです。
これらの日常的な「終わり」に意識的に触れることは、 * 「今」を大切にすることへの気づき * 移り変わるものへの感謝や愛着 * 変化を受け入れる心の柔軟さ * 終わりがあるからこそ、新しい始まりがあることへの理解 といった、生きる上で肯定的な姿勢を育む土台となります。
直接的な「死」の話題は、子どもにとってまだ理解が難しかったり、過度な不安を引き起こしたりする可能性もありますが、日常の中の「有限性」に触れることは、より穏やかで自然な形で死生観の芽を育むアプローチと言えるでしょう。
日常の「終わり」に触れる具体的な機会とアプローチ
小学校の教育現場には、子どもたちが「有限性」や「終わり」に触れる機会が数多くあります。
1. 物の寿命や変化
- 具体的な場面:
- 使い古して短くなった鉛筆やクレヨン
- 壊れてしまったおもちゃや学用品
- 育てていた植物が枯れてしまう、種から芽が出て成長し、実をつけ、枯れる過程
- 給食のパンの袋が空になる
- 教諭のアプローチ:
- 短くなった鉛筆を見て「たくさん勉強したね」「お疲れ様だね」と声をかける。
- 壊れた物に対して「もう使えなくなっちゃったね」「大切に使ってくれてありがとう」と、労いや感謝の言葉をかける機会を作る。
- 可能な場合は、修理やリサイクルの話につなげ、「物の命を大切にする」「別の形で生きる」という視点を提供する。
- 育てた植物が枯れたときに、悲しみに寄り添いつつ、「一生懸命生きたね」「来年もまた芽が出るかな」と次のサイクルへの期待に繋げる対話をする。
2. 季節の変化
- 具体的な場面:
- 校庭の木々が芽吹き、葉が茂り、紅葉し、落葉する様子
- 公園や通学路で見かける昆虫や草花の移り変わり
- 気温や日照時間の変化
- 教諭のアプローチ:
- 四季折々の変化を観察する時間を設ける(生活科、理科、総合的な学習の時間など)。
- 「夏の虫さんが見られなくなったね」「秋の葉っぱはこんな色に変わるんだね」など、具体的な変化に気づくよう促す。
- 変化を詩や絵、文章で表現する活動を取り入れる。
- 季節の終わりを「寂しい」と感じる子どもには、「また来年新しい季節が来るね」と希望に繋げる言葉をかける。
3. 行事や活動の終わり
- 具体的な場面:
- 運動会や学習発表会といった大きな行事の準備期間から本番、そして終了後
- 特定の単元学習の終了
- 係活動や委員会活動の期間満了
- 教諭のアプローチ:
- 行事や活動の過程を振り返る時間を大切にする。「みんなで頑張ったね」「大変だったけど、こんなことができるようになったね」と、結果だけでなくプロセスと努力に焦点を当てる。
- 「終わってしまって寂しいね」という子どもの気持ちを受け止める。
- 「この経験を次に活かそう」「次の目標を見つけよう」と、終わりを新たな始まりや成長の機会として位置づける。
4. 人間関係の変化(軽度なもの)
- 具体的な場面:
- 席替え
- クラス内のグループ編成の変化
- 長期休みによる友達と会えない期間
- 教諭のアプローチ:
- 変化を経験として受け止め、「新しい友達との関わりも楽しみだね」「離れていても気持ちは繋がっているよ」といった前向きなメッセージを伝える。
- 友達との良い思い出を振り返る機会を設ける。
教諭の関わり方のポイント
これらの日常的な機会を通して死生観を育む上で、教諭の皆様に意識していただきたいポイントがあります。
- 子どもの気づきや感情に寄り添う: 「〇〇が枯れちゃって寂しいね」「この鉛筆、短くなったね」など、子どもが自然に口にした言葉や見せた反応に寄り添い、共感する姿勢を示すことが大切です。
- 多様な感じ方があることを認める: 「終わり」に対する感じ方は子どもによって様々です。悲しみ、寂しさ、受け入れ、無関心など、どんな感情も否定せず受け止め、「色々な感じ方があっていいんだよ」というメッセージを伝えます。
- 特定の価値観を押し付けない: 「物を大切にしないといけない」「枯れるのは当たり前だ」といった決めつけではなく、「この鉛筆、たくさん使ったんだね」「お花さんも一生懸命生きたんだね」のように、事実や過程を共有し、子ども自身が感じ、考える余地を残します。
- 「終わり」をネガティブに限定しない: 「終わり」は「始まり」や「変化」「次へのステップ」とセットであることを伝え、「有限だからこそ輝く」「終わりがあるからこそ今を大切にする」といった肯定的な側面に光を当てることも重要です。
- 焦らず、日常の中で自然に: 特別な時間を設けるだけでなく、日々の掃除の時間や休み時間、帰りの会など、様々な場面で自然に話題にしたり、気づきを共有したりする中で、緩やかに死生観の視点を育んでいくことが効果的です。
まとめ
小学校での死生観教育は、必ずしも「死」という言葉を直接使わなくても実践可能です。日常の中のささやかな「終わり」や「変化」に子どもたちと共に目を向け、共感し、対話する中で、「有限性」への理解を深めることは、「生きる」ことへの肯定的なまなざしや感謝の気持ちを育むことに繋がります。
教諭の皆様の日常の関わり一つ一つが、子どもたちの豊かな死生観を育む大切な一歩となります。焦らず、子どものペースに寄り添いながら、日々の教育活動の中でこれらの視点を取り入れていただければ幸いです。