小学校での「時間」を通じた死生観教育 ~日常の活動から見出すヒント~
はじめに:「時間」という切り口から考える死生観教育
小学校の教育現場では、「時間割に沿って学習を進める」「休み時間や給食の時間を守る」「目標期日までに課題を終える」など、日常的に「時間」を意識した活動が行われています。一見すると、これらの活動は単なるスケジュール管理や規律の一部であるように思えるかもしれません。しかし、「時間」という概念の中には、死生観を育む上で非常に重要な要素が含まれています。
生命には限りがあり、すべての物事には始まりと終わりがあります。時間は決して戻らず、常に変化し続けています。こうした時間の性質を様々な体験を通して感じ取ることは、生命の有限性や変化、そして今を生きることの価値について考える上で、子どもたちにとって貴重な機会となります。
本記事では、小学校の日常的な学校生活や活動の中に潜む「時間」を通じた死生観教育の機会と、それを引き出すための具体的なヒントについて考えていきます。
「時間」と死生観のつながり
「時間」の概念がどのように死生観と関連するのか、いくつか視点を挙げてみます。
- 時間の不可逆性と有限性: 時間は一方通行であり、止まることも戻ることもありません。そして、どのような時間にも終わりが来ます。これは、すべての命に限りがあること、そして人生もまた有限であることを理解する基礎となります。子どもたちは、休み時間の終わりや学期の終わり、さらには卒業といった経験を通して、物事には終わりがあること、時間は巻き戻せないことを肌で感じ取ります。
- 時間の経過と変化・移ろい: 時間が経つにつれて、周囲の環境や自分自身、そして生き物や植物は変化していきます。季節の移ろい、植物の成長、飼育している生き物の変化、友人や自身の成長など、時間の経過に伴う変化を観察し、体験することは、すべての存在が常に変化の中にあり、いつか終わりを迎える可能性も示唆していることを無意識のうちに感じ取ることにつながります。
- 時間の使い方と価値: 限られた時間の中で、何を優先し、どのように過ごすのかという「時間の使い方」は、その人の生き方や価値観を表します。「今」という時間を大切にすること、将来を見据えて計画することなどは、有限な時間をどのように生きるかという問いにつながり、生きる意味について考えるきっかけとなります。
- 「待つ」ことと「終える」ことの経験: 何かを達成するために時間をかけて「待つ」経験や、一つの活動や関係性を「終える」経験は、忍耐力や達成感を育むだけでなく、物事にはプロセスがあり、終わりが来ることを実感させます。特に「終える」経験は、小さな「別れ」の体験として、将来的な喪失や死別の経験への心の準備につながる可能性も秘めています。
小学校での具体的な実践例
小学校の日常的な活動や行事の中に、「時間」を通じた死生観教育の機会を見出すことができます。いくつかの例を挙げます。
1. 日常の授業やルーティンの中で
- 学習時間の意識化: 「この時間の目標は何ですか」「あと〇分でこの学習を終えます」「時間内に終わらせるために、どのように取り組みますか」といった声かけを通して、限られた時間を意識させます。時間内で目標を達成する経験は、計画性と共に、時間が有限であることを実感させます。
- 成長や変化の記録: アサガオやヘチマなどの植物の栽培、メダカやウサギなどの生き物の飼育は、時間の経過による生命の変化を観察する絶好の機会です。定期的な観察日記や写真記録、身体測定のグラフ化などは、時間の移ろいと共に自身や他者、生命が変化していくことを具体的に示します。「芽が出てきた」「葉っぱが大きくなったね」「色が濃くなったね」「背が伸びたね」といった言葉で、変化に気づき、語り合う時間を設けます。
- 清掃活動や係活動: 清掃時間は「この場所をきれいにする限られた時間」であり、係活動や当番活動は「特定の期間行う役割」です。これらの活動を通して、決められた時間や期間で責任を果たすこと、そして役割には終わりがあり、交代があることを体験します。これは、社会の中での役割や、変化する人間関係の一端を学ぶことにつながります。
- 学習の振り返り: 授業の終わりや単元の終わりに「今日の(この単元の)学習で、どんなことができるようになりましたか?」「始める前と今とで、できるようになったことや考え方が変わったことはありますか?」と問いかけることで、時間の経過(学習期間)による自身の成長や変化を実感させます。
2. 特定の学校行事の中で
- 運動会や学芸会: 本番という「期日」に向けて練習に時間をかけ、協力して一つのものを作り上げます。そして本番を終え、その行事は「終わり」を迎えます。目標に向かって時間を使うこと、そして終わりがある行事を通して達成感や、やりきった後の寂しさを感じ取ることは、一つの区切りとそこに至る過程の価値を学ぶ機会となります。「練習した時間があったから、できるようになりましたね」「この日のためにみんなで頑張りました」「運動会は終わったけれど、この経験は次に繋がりますね」といった言葉で、時間と経験を結びつけます。
- 季節の行事: 季節ごとの行事(例:七夕、十五夜、餅つき大会など)は、時間の流れとしての「季節の移ろい」を具体的に感じ取る機会です。植物や生き物の様子と共に、季節の変化を感じ取ることは、自然界の大きな時間のリズムに気づき、すべてのものが移り変わっていくことを示唆します。
実践上のポイント
「時間」を通じた死生観教育を効果的に行うためのいくつかのポイントです。
- 無理に「死」に結びつけない: 日常的な活動の中で「時間」を意識させることは、必ずしも直接的に「死」という言葉を使う必要はありません。まずは「限りがある」「変わっていく」「終わりと始まりがある」といった概念を、子どもたちが体験として理解できるようサポートします。
- 子どもたちの気づきを尊重する: 子どもたちが活動を通して時間や変化、有限性についてふと口にした言葉や疑問を大切に拾い上げます。「先生、この前まで小さかったのに、こんなに大きくなったよ!」「もうすぐ〇年生になっちゃうんだね、今のクラスとお別れなの?」「このお花、きれいだけど、いつまで咲いているのかな?」といった、日常的なつぶやきの中に死生観教育の芽を見出すことができます。
- 多様な感じ方を受け止める: 時間の感じ方や、終わりや変化に対する捉え方は子どもによって異なります。寂しさを感じる子、次の始まりに期待する子など、様々な反応があることを認め、それぞれの感情に寄り添う姿勢が大切です。
- 具体的な体験を重視する: 抽象的な説明よりも、植物の成長を観察する、運動会の練習を積み重ねる、学期の終わりに持ち物を整理するといった、五感を通して時間や変化、終わりを体験できる活動を重視します。
まとめ:日常の中にこそ豊かな機会がある
小学校の日常的な学校生活には、「時間」という視点から死生観を育むための多様で豊かな機会が潜んでいます。日々の学習活動、飼育・栽培活動、清掃や係活動、そして季節ごとの行事など、一見すると死生観とは直接関連しないように見える場面でも、時間の流れ、有限性、変化といった要素を子どもたちが感じ取るような働きかけを行うことで、生命や存在についての深い問いかけにつながる可能性があります。
教師が少し意識を向け、子どもたちの日常的な気づきを拾い上げ、対話の機会を設けることで、子どもたちは「時間」を通して、自らの命や他者の命、そして移りゆく世界に対する感覚を育んでいくことでしょう。特別な時間や教材を用意することなく始められるこのアプローチは、多忙な教育現場において実践しやすい死生観教育の一つと言えるでしょう。